古来、秋の風景として日本人に親しまれてきた「もみじ」。「もみじ」とは何を指すか調べてみると、「紅葉する木の総称でもあるが、なかでも楓 (かえで) がみごとに紅葉するところから、楓の異称として用いられる。」(*)とあります。
「楓の異称がもみじ」ということは、ふたつは同じものと言えるのでしょうか? 詳しくご紹介します。
*日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledgeより(参照 2024年10月22日)
もみじと楓の違いとは?
いろいろなカエデの仲間
違い①:葉の切れ込みの深さ
植物学において、「もみじ」とつく品種は「イロハモミジ」や「オオモミジ」などがあります。
いっぽう、「かえで」とつく品種は「イタヤカエデ」や「トウカエデ」などがあります。
これらの違いは、「葉の切れ込みが深いか浅いか」。葉の切れ込みが深い品種には「○○モミジ」、葉の切れ込みが比較的浅めの品種は「○○カエデ」と名前がついています。
違い②:葉の切れ込みの数
葉の切れ込みの深さのほかにも、切れ込みの数で区別することもあります。1枚の葉に大きな切れ込みが5つ以上あるものを「モミジ」、それ以下のものを「カエデ」と呼ぶパターンです。
たとえば、カナダの国旗に描かれているの「サトウカエデ」という品種の葉は、細かい切れ込みはたくさんあるものの、大きな切れ込みは2つしかありません。
カナダの国旗はサトウカエデがモチーフ
とはいえ分類上はみな「カエデ属」
モミジとカエデは、葉の切れ込みの「深さ」と「数」が違うとご紹介しましたが、実は植物学上の分類はみんな「カエデ属」。大きなくくりでは、もみじ=楓です。
英語では「もみじ」にあたるような言葉はなく、すべての楓を「Maple(メープル)」と呼ぶことからも、楓を葉の形ごとに細かく分けるのは日本独特の文化だということが分かります。
もみじの名前の由来
「もみづ」が変化して「もみじ」に
もみじという言葉は、古語の「もみづ(もみず)」という動詞が由来。「もみず」とは植物が赤や黄色に色づくことを意味しており、本来は楓以外の植物にも使われていました。
特に、一部の楓の紅葉が見事だったことから、鮮やかに色づいた数種類の楓が「もみじ」と呼ばれるようになったのだそうです。
楓の名前の由来
「蛙手(かえるで)」が変化して「かえで」に
楓という名称は葉の形に由来します。切れ込みが入った葉の形が、カエルの手のように見えることから、「蛙手(かえるで)」と呼ばれるようになり、それが変化して「かえで」という発音になったのだとか。
街中や紅葉名所で見られる品種
イロハモミジ
イロハカエデ
本州の西側に自生しており、楓の中でもメジャーな種類の1つです。3〜7つに分かれる葉を、「イロハニホヘト」の文字を当てて数えたことからこの名前がついたと言われています。
成長しても10mに満たない小ぶりな木で、全国各地のもみじの名所で見ることができます。
ヤマモミジ
ヤマモミジ
イロハカエデによく似たヤマモミジが見られるのは、北海道と東北の日本海側。雪深い地方に広く分布する品種です。日中と夜の寒暖差が大きいため、より鮮やかに色づくのだそう。
7〜9つに分かれた葉は約8cmと、イロハカエデと比べても大ぶりです
トウカエデ
トウカエデ
中国原産の品種で、漢字では「唐楓」と書きます。江戸時代、中国から徳川幕府に送られ、日本に伝わりました。大気汚染や害虫の被害に強いため、街路樹としてよく植えられています。全国各地で街に彩りを与えている身近な楓です。葉の表面にツヤツヤとした光沢があるのが特徴。
サトウカエデ
カナダの国旗でおなじみのサトウカエデ
サトウカエデは、カナダの国旗に描かれている品種。北米原産の品種で、日本では街路樹として植えられることがほとんどです。日本原産の楓よりもかなり大きいため、家具や建材にも使われます。
漢字で「砂糖楓」と表記されるのは、樹液を煮詰めてメープルシロップの生産に使用されるため。
もみじと楓の紅葉名所3選
秋の行楽に欠かせないもみじ。歴史や名前の由来を知ってから紅葉狩りに出かければ、きっと楽しみが深まるはず。全国各地にあるもみじの名所を、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
高尾山
紅葉に彩られる高尾山薬王院
東京都内から1時間ほどでアクセスできる高尾山は、関東でも有数の紅葉スポット。11月中旬から12月初旬が見頃です。
駅周辺にも多数のもみじが植えられており、到着の瞬間から紅葉を楽しむことができます。山の斜面には多数のイロハモミジが。ケーブルカーや頂上から見下ろす一面の紅葉は絶景です。
清水寺
清水寺の三重塔ともみじ
秋になると紅葉狩りの観光客で賑わう清水寺。約1,000本のヤマモミジが境内を彩り、清水の舞台からは京都の街並みと紅葉を一度に鑑賞できます。
11月中旬から12月初旬が見頃。
筑波山
ケーブルカーからも紅葉が楽しめる
関東平野を一望できる筑波山は紅葉の名所でもあります。もみじと共に約2,000本のブナも黄色く色づき、その光景は大迫力。ケーブルカーやロープウェイなどの施設も充実しているため、本格的な紅葉狩りに出かけたい方はぜひチェックしてみてください。
例年は11月上旬から中旬に見頃を迎えます。
もみじが登場する和歌
モミジは和歌に多数登場する
楓と区別されるほど、もみじは特別に親しまれてきました。文学作品や絵画にも登場しますが、特に和歌の中に多く登場します。ここでは万葉集(※1)、古今和歌集(※2)、百人一首(※3)の中から、もみじが登場する特に有名な4首を紹介します。
※1 万葉集(まんようしゅう):良時代末期に編纂された、現存する日本最古の歌集。もみじや楓という言葉の語源となる表現が見られます
※2 古今和歌集(こきんわかしゅう):平安時代初期、後醍醐天皇の命によって編纂された和歌集。歌数は約1100首。『古今集』ともいう
※3 百人一首(ひゃくにんいっしゅ):100人の歌人の歌を1首ずつ選びだしたもの。「小倉百人一首」「新百人一首」などがある
我がやどに黄変つ鶏冠木見るごとに妹をかけつつ恋ひぬ日はなし
《読み》
わがやどに もみつかへるで みるごとに いもをかけつつ こひぬひはなし
《意味》
「私の家に黄葉するかえでを見るたびに、あなたを心にかけて恋しく思わぬ日は、ありません。」
離れて暮らす妹を恋しく想う、姉の心情が詠われています。「鶏冠木(漢字文では蝦手)」は「かへ(え)るで」と読み、前述の通り、楓の語源に当たる言葉です。奈良時代には、まだ楓を「かへ(え)るで」と呼んでいたことが分かります。
《詳細》
●収録:万葉集 巻8-1623
●歌人:大伴田村大嬢(おほとものたむらのおほをとめ)
*万葉百科 奈良県立万葉文化館, 我がやどに黄変つ鶏冠木見るごとに妹をかけつつ恋ひぬ日はなしより
黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ
《読み》
もみちばの ちりゆくなへに たまづさの つかひをみれば あひしひおもほゆ
《意味》
「黄葉の散りゆく折に玉梓を携えた使者を見ると、妻と逢った日が思われる。」
柿本人麻呂が妻を亡くした際に詠んだ短歌です。妻と離れて暮らしていた人麻呂は文通を楽しんでいましたが、妻亡き後は文を届ける使いを見ても、思い出が蘇るだけだと詠っています。
この時代ではまだ「紅葉」という言葉は使われておらず、紅や黄色、橙に染まった葉っぱを「黄葉」と表しました。
《詳細》
●収録:万葉集 巻2-209
●歌人:柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそみひとまろ)
*万葉百科 奈良県立万葉文化館, 黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆより
奥山に 紅葉ふみ分け なく鹿の 聲きく時ぞ 秋は悲しき
《読み》
おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こゑきくときぞ あきはかなしき
《意味》
「奥深い紅葉の山をふみわける鹿が鳴いているときこそ、秋は悲しく感じられる。」
秋の物悲しさを表したこの歌は平安時代初期頃に詠まれたもの。百人一首の5番目の歌であり、堪えきれない寂しさを鹿の鳴き声と紅葉の鮮やかさを効果的に表した一首です。
《詳細》
●収録:
・古今和歌集(古今集) 巻四:秋上・215
・小倉百人一首 第五番
●歌人:読人不知(よみ人しらす)
※小倉百人一首では猿丸太夫(さるまるだゆう)
*和歌データベース 古今集、小倉百人一首|ウィキソースより
鹿と紅葉が描かれた短歌
ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 から紅に 水くくるとは
《読み》
ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みづくくるとは
《意味》
「竜田川の水を紅葉した葉が鮮やかな紅色にくくり染にするとは、神の時代にも聞いたことがない。」
紅葉の名所、奈良の竜田川(たつたがわ)を詠んだものと言われています。「からくれなゐ(唐紅)」とは唐から伝わった鮮やかな紅のことを指し、川一面をもみじが流れていく様子を表しています。
《詳細》
●収録:
・古今和歌集(古今集) 巻五:秋下・294
・小倉百人一首 第十七番
●歌人:なりひらの朝臣(あそん)/在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)
*和歌データベース 古今集、小倉百人一首|ウィキソースより
此の度は 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
《読み》
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに
《意味》
「今回の旅は突然で、神に捧げる幣もご用意できませんでした。手向山の紅葉を捧げるので、神よお心のままにお受け取りください。」
「幣」(ぬさ)とは紙や錦を細かく切ったもの。旅の途中で道祖神(どうそじん)にお参りする際に使用されました。手向山の紅葉が神に捧げるほど美しかったことが表れています。
《詳細》
●収録:
・古今和歌集(古今集)巻九:羈旅・420
・小倉百人一首 第二十四番
●歌人:道真 すかはらの朝臣(あそん)/菅家(かんけ)
*和歌データベース 古今集、小倉百人一首|ウィキソースより
おわりに:秋を彩るもみじ
普段は意識することのない「もみじ」と「楓」の違い。深く掘り下げてみると日本の文化に触れることができます。日本人なら誰しも秋を連想するもみじに、より愛着が湧いてくるはず。街頭のもみじにも目を向けると、意外な楽しみが見つかるかもしれません。
街中でも紅葉スポットでも楽しめる紅葉を、今年はもみじと楓の違いに着目して鑑賞してみてはいかがでしょうか。